発達障害を個性と呼んではいけない理由

発達障害の「障害」という文字が
ネガティブな印象を与えるということで
これを別の名前で呼ぼう(個性とか)
という動きもあるようですが
私は断固として反対です。

理由を5つ書きます。

1. 適応して行く上で社会的制約があることは間違いないから
発達障害の当事者が
学校や会社などに適応していくうえで
間違いなく定型発達の人より
社会的制約を受けるケースが多く
うつ病などの二次障害に発展する
リスクが相対的に大きいです。

こういったネガティブな面を見ずに
「個性だから良いじゃん!」という
臭いものに蓋をするかのような態度は
当事者にとって何も解決になってないですし
なによりも失礼だと思っています。

2. 「障害」という枠におさめることは、決して悪いことばかりではない。

障害者認定というと
あまり良いイメージがしないかもしれませんが
「障害」という枠におさめることによる
メリットも当然あります。

就労面であれば
障害者枠という制度があり
発達特性から生じる困難を
合理的な範囲内で配慮してもらうことで
精神的に安定した状態で働きやすくなります。

医療面でいえば
自立支援医療制度」という制度があり
指定したクリニックの医療費が
本来であれば3割負担のところを
1割負担でも受診することができるようになります。

細かいことを言えば
都道府県によってことなりますが
公共の施設などの料金について
障害者割引を適用することもできます。

3. 個性と認められるのは全体のごく一部。

よく、スティーブジョブズのような
特異な例をあげていることがありますが
あれは超レアケースです。

発達障害を持ちつつ
社会的な成功をおさめた人がいることは
事実ですが
それは
労働市場のニーズと本人の特性が
たまたまマッチしていていて
その市場のニーズに応じることができれば
利益が大幅に見込めると考えた
周囲がフォローしたという事例であり
ほとんどの当事者には当てはまりません。

4. 発達障害という言葉で既に認知されているから

最近になってようやく
発達障害」というワードが
徐々に社会に認知されてきていますが
これは多くの当事者の支援団体が
声を上げ続けてきた成果です。

これを別の言葉で再定義しようとなると
また認知されるための多大なコストがかかったり
呼び名が人によって異なることによる
混乱が生じるでしょう。

5. 障害を受容してこそ、それをどうケアしていくかという考えができるから

社会の中には発達障害にも関わらず
それを認知できてない人も多くいると思います。

その人たちは
「なぜ、普通の人のようにうまくできないのか」
と延々と悩み続けることになってしまいます。

悩み続けた結果
うつになったりひきこもりになったりして
社会に適応できない状態が続くのは
とても不幸なことです。

そうではなく
しかるべき精神科に行き
「そうか。自分は発達障害なんだ」
メタ認知することで
はじめて
対策を講じることができます。

具体的には
薬物療法
作業療法
・食事療法
などがありますが
これらの対策は
自分は発達障害であることを
メタ認知できていて
初めてできることです。

【まとめ】
障害という言葉が問題なのではない。
その障害という言葉に対する差別や偏見こそが問題なのだと思う。